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​青の泉

 ある村に、ディアンという女性がいました。
 彼女は両親を亡くし、妹を亡くし、失意のどん底で旅をしていました。
 どこかへ行ってしまいたい。いっそのこと死んでしまっても構わない。
 そんな気持ちで北へ北へと歩いて行くと、いつの間にか暗い森の淵へたどり着いていました。

 

「ここが……あの伝説の森……」

 

 小さい頃、お婆さんから聞かされた話です。北の外れの森には、願いを叶えてくれる神様がいると。
 しかし森の中は鬱蒼として暗く、とても入る気になれません。
 私もまだ恐怖を感じる心は残っていたのか……と溜息をつき、帰ろうとしたその時です。
 森の中から小さな女の子が姿を現しました。

 

「え?」

 

 彼女は白い布切れのような衣を身にまとい、青いくりくりとした目でこちらを見上げています。
 金色の長い髪と真っ白の肌はまるで人形のよう。

 

「あ、あなたは誰?」
「私はこの森に住む者です。あなたは旅人ですか?」
「ええ、そうよ。この森には初めて来たのだけれど……」
「一人では危険です。ここには凶暴な獣がたくさんいますから。私と一緒に行きましょう」

 

 女の子はディアンの手を引き、森の中へと歩いて行きました。

 

「旅人さん、あなたはどこから来たのですか?」
「私はあの山の、ずっと向こうの村から来たのよ」
「遠い所から来てくれたんですね」

 

 女の子はにっこりと笑いました。
 その天使のような笑顔に、ディアンはちょっとドキドキしてしまいました。
 二人で手を繋いで歩いていると、どんどん森の奥の方へ向かっていきます。

 

「あ、あれは……何?」

 

 ふと木々の間を見ると、こちらをじっと見つめる黒い影。

 

「出ましたね。ここから動かないでください」
「う、うん」

 女の子が木々の間へ近づいていくと、黒い影はヒュッと飛び出してきて、二人の前に姿を現しました。
 見るとそれは一頭の獣でした。その真っ黒い毛皮に覆われた体は牛よりも大きく、ギラギラとした眼でこちらを見ています。
 怪物のようなそれを目の前にしたディアンは、初めて生命の危機を感じて怖くなりました。

 

「いけないわ。早く逃げないと食べられちゃう!」
「大丈夫です。これは神の使いですから、私がやっつけましょう」

 

 蹲って怯えるディアンを背中に守り、女の子は両手を合わせて呪文を唱えました。
 すると獣はたちまち霧のように消えてしまいました。

 

「え……あいつはどこに行ったの?」
「私が神にお返ししました。しばらくは現れないでしょう」
「どういうこと……?あなたは魔法が使えるの?」
「魔法じゃありません。この森の神に、ただ祈っただけですよ」

 

 

 それから二人は長いこと一緒に歩き続けました。
 道中で獣に出くわすこともありましたが、そのたびに女の子がやっつけてくれました。
 やがて森の奥までやってくると、遠くの方に明かりが見えました。

 

「あれは……?」
「私の住む場所です。行きましょう!」

 

 女の子はディアンの手を引き、走り出しました。
 草むらを抜けていくと、そこには見たこともないような景色が広がっていました。
 木々の間にぽっかりと穴が開き、眩いばかりの日光が差し込んでいます。
 その下には鏡のように透き通った泉が広がっていて、草花が育ち、飛び回る蝶たちがまるで自分たちを歓迎しているかのよう。
 天界のようなその光景に、ディアンは思わず見惚れてしまいました。

 

「綺麗……」
「えへへ、気に入ってくれましたか?」
「ええ。あなたはずっとここにいるの?」
「はい、ここが私に任された場所ですから」
「任された?」
「はい……あの、実はあなたにお願いがあります」

 

 女の子は両手を合わせてもじもじしています。ディアンは首をかしげました。

 

「お願い?私に?」
「はい。ほんの少しだけでいいので、ここで私と一緒にいてくれませんか?」

 

 ディアンは驚きました。

 

「あなたと一緒に?」
「はい。ここには寝床も食べ物もあります。どうですか……?無理にとは言いません」

 

 ディアンは少し考えると、こっくりと頷きました。

 

「分かったわ。あなたにはたくさん守ってもらったもの。お礼をしなくちゃね」
「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 女の子はぱぁっと笑顔になり、ぺこりとおじぎをしました。
 その仕草に、ディアンはまるで自分がこの子のお姉さんになったようだと思いました。

 

 それから、二人は泉のほとりで一緒に暮らし始めました。
 初めは心配だった森の中での生活も徐々に慣れていき、女の子と過ごす毎日が楽しくなってきました。
 朝は一緒にパンを食べ、昼はお花の髪飾りを作ったり追いかけっこをしたりして遊び、夜は温かい毛布の中で一緒に眠りました。
 そしてディアンは女の子と一緒に過ごすうちに、だんだん悲しい気持ちを忘れていきました。

 

(この子と一緒に居られるなら、十分幸せ……)

 

 心からそう思いました。

 

 

 

 そしてある夜、ディアンはふと目を覚ましました。
 女の子は隣で、すーすーと寝息を立てています。
 ふと外を見ると、泉のほとりに人影がありました。

 

(あんなところに……誰だろう?)

 

 毛布から出て、人影の方に歩いて行きました。
 するとそこには、白い髭を生やした老人が一人、切り株に座っていました。
 老人はその青い目をこちらへ向けると、唸るような低い声でディアンに呼びかけました。

 

「ちょっと、こちらへ来なさい」
「は、はい……」
「君は、確か旅人であったな」
「ええ、そうです」
「泉の女神に招かれてきたのかね」
「泉の……女神?」

 

 ディアンは首をかしげました。女神様に会った覚えなどありません。

 

「あの少女じゃ。君が今まで寝食を共にしておったろう」
「あの子が……女神……」
「そうじゃ、そうじゃ。で、君はいつまで彼女と一緒にいるつもりなのじゃ」
「いつまでって……それは……」

 

 ディアンは老人の目をまっすぐに見て言いました。
 その目はどこか、あの美しい少女に似ている気がしました。

 

「いつまででも、一緒に居たいです」
「それが、君の願いか?」
「はい」

 

 老人は納得したように頷くと、目を細めて言いました。

 

「分かった。君の願いを聞き入れよう」
「え?」
「彼女は少し寂しがり屋じゃからな。仲良くしてやると良い」

 

 そう言い残すと、老人は木々の狭間、青い夜の光の中へ消えてしまいました。
 残されたディアンは、月明かりに照らされた泉を、ただ眺めていました。

 

 

 

 この世界には、ある伝説がありました。
 北の外れの森には、仲の良い二人の女神様がいると。
 森の奥、泉のほとりに住んでいて、訪れた者の願いを叶えてくれるのだと。

 

 おしまい

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